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死のうかという顔ではなかった。活きるために、……光秀に死んでくれようなと、攻める顔だった。
光秀が……信長が為に命を掛けても構わぬと、そう思っていることを、端から疑わぬ、表情だった。
──そうだとも。
これは恩だった。
軽く人を欺ける男だと、思う頭でこの恩を斬り捨てる男なら配下が付き従う筈がない。
撃ち放ちながら浮かぶ自嘲は、そう信じなくては逃がした弥平の先を安堵出来ないからだ。
が、ふと脳裏に激しい警鐘が鳴り響く。
長政は既に暗闇に紛れている。だが相変わらず、その兵は先より勢いを減じていない。
──そうだ。……長政が、否、あの長政の側近達が、あれだけで下がったりするのか。
不意に走った予感に戦場に──辺りに、目を走らせる。
その時だった。僅か二歩。闇に翳した刃の閃き。
「っ!」
一足飛びに。
持っていた銃を落とすように投げて、腰から鞘走らせた。
狭い場所だ。一閃させた刃にかかった枝葉が飛び、到らず遅れた。
「敵襲ぞおっ!」
間に合わずそこにあった兵へその刃が突き立ったのをどうしようもなく、代わりその敵の大袖下肩口に光秀の刀が左から入った。骨を断つ堅い感触。光る飛沫。叫んだ声。悲鳴。刀の先に斬った腕が垂れ下がり、だがその後を見届ける隙さえなく怒涛の様に鬨の声が上がった。
後は一気に登り来た敵と混戦の極みとなった。
散れと叫びながら、最早味方か否かさえ判別のつかぬ場所で残る者の居ないことを願いながら襲い来る獲物を経験則だけで弾き、避け、逃れる。斬らざるを得ない乱戦。間違いなく味方も居ただろう。そう悔やみながらじりじりと退く。
背を預けられる相手は居ない。
漸く光秀の身体に実感が沸き起こり、心の臓が激しく打ち始める。己の呼吸が鍔競る音より高く耳につく。──今が何時か、それだけになって行く。
向かってくる輩を斬らなくては死ぬのは己だと、そう考える事も、生きたいという願いに徐々に埋められていく。
達観していた己の何という愚かさ。
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