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刀についた血油が滑り鈍くなった切れ味を自覚しても、刀を奪う隙もない。ただ只、目の前に立ち塞がる黒い影を打ち払う。
汗か血か、濡れた顔を素早く腕で拭う。と思えば、また襲い来た敵らしき影に、体を捻り、しかし避けきれず大袖に鈍い痛みが走る。だが相手も切れ味は悪かったのだろう。棒で殴られた様な激痛はあったが切れては居ない。
頭に浮かぶ、信長の面影。
死にたくない。
あの方のためになら死ねる。そう思っているのに。
死ねる筈なのに。
──私はあの時……あの明智城で、死んでくれと頼んだ。あの時と同じ立場なのに。
胸に去来した過去の思い。その激しい後悔に、雄叫びを上げながら力を振り絞りその相手の片腕目掛けて刀を振り下ろす。
切れはしない。殴った、感触。
──忘れては居ない。報いると、誓った。生きたい。生きなくてはならない。あの時の私だから。
生きたいという願いに、信長の燃えるような瞳が重なる。
西に向かえば予め決めていた落ち合う場所だったが、それはこれほど囲まれていれば不可能だった。圧されるように敵本体の流れに混じってしまっているのだ。この場にあるのは歩兵だけだったが、──川の流れのように──中は信長を追うために駆けに駆けている。まるで人の塀だった。
西南西にある秀吉の本体。
だがそこに向かうにはまだ距離がありすぎる。たどり着けるまでこの体は持たぬかもしれなかった。
左の二の腕の痛みはずくずくと動かす度に深度を増して、走り抜けろと自分に命じなくてはろくに動かない。
──会いたい。生きて、生きて、会いたい。あの方に。
会ってどうするのかなど頭に浮かび、それを打ち消すために叫び、目まぐるしく脳裏を過ぎる様々な顔も、やがて混じって何かわからなくなる。
その間、無我夢中に刀を振るう光秀は鬼だった。 もし仰げば星が明滅していたが、それだけだ。星明かりは幽かすぎ、全体を見渡すには不十分で、その上近くにある炎がそのちいさなあかりを飲み込んでしまっている。
──折れているのやも知れぬ。
とうに鈍器と化した刀を振り回しながら、光秀は頭の隅の隅で考えた。そう考える自分を感じた。
それでも死にたくないと、更に走る。
声にならぬ叫び声。
それとは裏腹。
痛む肩にうっとりと浸りそうになる。いっそのこと、そう考える自分を感じる。
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