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──尾張の。
己の頭領の仰ぐ相手だと、弥平次は焼け付く様な思いで頭を下げ、応じた。
光秀の働きは一見すると只の保身、立身出世したいがための狐のごとききな臭さを伴う。弥平次でさえ読み切れない時があるのだ。それを信長がどれほどだと見ているのか、そう思うだけで腹が立つ。
弥平次自身でさえ──光秀が本当は愚鈍なのではないかと、思う。それを打ち消したい己自身が最終的に辿り着くそうならざるを得なくしてしまった理由こそ、信長だった。
口を噤み、粛々と進む。そうして二晩。越えた峠の、誰とは知らぬも信長と知らぬ仲でもないらしき庵で僅かに息をついては再び駆けた。
京へと戻ったのは、二十六日の事であった。
光秀の行方は杳として知れず。仮の明智首領として祭り上げようかという手合いを端からいなして(勿論他の旗頭など立てさせる筈もない)、時折堪えきれずあの金ヶ崎へと走りそうになる弥平次を止め諌める、冷徹そうなくせにどうやら情に厚いらしい利三に八つ当たりしてしまいながら、二日。その短くも長い二日。
まるで別人よと、曰った利三の喉が細かく震えていた。
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