因果業報

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 切なさを、堪えられない風情を、内にある熱を吐き出したいような、ねっとりと這い上がる臥所の水暗さを込めて。   「今あの方が私に会ってくださると思うのか? 会うような、情を公に見せてくださるような寛大さを私が欲しいとでも思っているのか? 会ったとしてただお目お目と息をしている私を許すと思っているのか」  光秀は刹那顔をしかめた石川の、さして特徴もない凡庸な容貌を見据えた。   「そもそも私一人生きているだけの、敗残の将に何の価値がある。ならばいいか、今私が欲しいものは誰かの体だ。血の温さでも、何か感情の熱さでもいい。死に損ねた赦免など、要らぬ」  温もり。  誰かの、ではない。明確に思い描ける像があっても、それは願ってはならない。其れは恐れ多く、ならば誰であっても同じだ。    石川の細面が欠片も揺るがないのを、光秀は小さくほほえんだ。  別れを告げながら生き延びた。  あの方の為に散れと命じた。  死ぬことを、至上と信じた。  出来なかった。逃げ出した。しくじった。───それは悪だ。    蒼天を伸びやかに跳ねる幾羽かの雀が、囀りながら甍へと降りていく。      きりりと、鳴った自身の奥歯の音に光秀ははっと息を飲んで目を伏せた。  言ってどうすることも出来ない、ただの心情の吐露。流せば傷を抉られる事とて覚悟せねばならぬ、そういう場だった。   「だからさあ、何でおたくら侍はそう難しぃく考えるのかね。会いたいなら、会えば? 会える立場だろうにさあ」  溜め息と、微かな怒り。その上で、明らかに含みのある低い声が耳朶を打った。何もかも知っているのだと、嘲笑っているかのような誘惑。  数瞬目蓋に走った面影が、光秀を冷たく突き放し、―――そして、告げた。  ならば、何故来ぬ、と。  それは嘗てあの本圀寺で告げられた言葉であった。  
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