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生温い風が木々を揺らす。今夜はやけに蒸し暑い夜だった。
月は重く暗い雲に隠れ、暗い夜の闇をさらに昏く染めていた。
そんなことを考えていたかは定かではないが、この屋敷に金で雇われていた傭兵は、空を見上げながら、大きく一つあくびをする。
男が視線を元に戻したその時だった。風が強く吹いた。
まるでその存在に怯えるかのように。
いつの間にか女がいた。
風にその美しい黒髪を靡かせ、真白い装束に身を包み静かに佇んでいる。
あまりにも突然の現象に、男が目の前に現れた者が何者なのか気付くのに、ほんの一瞬の時間を要した。
「お前は!シェ…」
――――それ以上、男からは言葉が出なかった。
否。
出せなかった、のだ。
ゆっくりと後ろに倒れた男の喉笛には、一本の矢が突き刺さっていた。
それを無表情に見つめて、彼女はその整った唇を動かす。
「――――かかれ」
その言葉が合図だった。
暗がりから一斉に男たちが屋敷に向かって走り出したのだった。
すべての者が屋敷に入っていったのを確認すると、彼女もまた、ゆっくりと屋敷に向かい歩いていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
何度同じ夜を過ごしたのだろう。
鮮血と濃い血の臭いを身に纏った夜を。
一体いつになれば終わるのだろう。
この昏い昏い闇に包まれた世界は。
答えはまだ出てはいない。
「――――た……頼む!助けてくれ!」
聞き慣れた台詞が目の前の男の口から吐き出される。
青い瞳が何の感慨も無く、男の様子を見つめていた。
真白い装束は鮮血によって、その色を所々に紅く染められ、飛沫は、整った紅い唇をさらに紅く彩る。その姿は、美しい鬼神のようにさえ見えた。
「金ならいくらでもくれてやる!だから命だけは!!」
恐怖に満ち満ちた男の表情と、その言葉を、口の端を僅かに歪めて一蹴する。
まるで、浅はかなのだと言わんばかりに。
「だからお前は、こうして私と会い見えているのよ」
冷徹な言葉に、男は愕然とする。
道は断たれたのだ。生への道が。
あくどい手腕でここまで上り詰めた、自らの人生の終焉を告げる言葉が、彼女の口から吐いて出された。
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