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「お騒がせしました。ちょっとパニックを起こしただけみたいです」
部屋に戻ってみると、奥さんが心配そうな面持ちで待っていた。
「妹さん大丈夫?部屋は沢山あるから、寝かせてあげてもいいのよ?」
「大丈夫です。今日は車で来てましてね。乗せて寝かせてきましたから」
無論嘘だが、この場合の嘘は許されてもいいだろう。
こっちも一杯一杯なんだから。
「そう……」
奥さんはまだ悲しそうな顔をしている。
「どうかしましたか?」
「いいえ。ちょっと娘のことを思い出しちゃってね……」
奥さんは自分の湯呑みを見つめた。
「我が家は躾が厳しくて、お稽古事とかもけっこうやらせていたから、キツイことを言っちゃうこともあったし……。もしかしたら、私はひどいことをしていたんじゃないかって」
「奥さん、それは違いますよ」
「えっ?」
俺は湯呑みのお茶を一口飲んだ。
「躾だって稽古だって、みんな美咲さんを思ってやったことでしょう?美咲さんは分かっていたと思いますよ?奥さんの気持ち」
俺は続ける。
「親子なんだから衝突することがあるのは当然です。でも、それを悔やんでどうなるんです?美咲さんは帰ってくるんですか?」
「……手厳しいわね」
奥さんは苦笑いを浮かべた。
「あなたも自分の子を持つようになれば分かるわよ。私の気持ちが」
「奥さん」
俺は残っていたお茶をぐいっと飲み干した。
冷めてもなお美味いのは、お茶を煎れるのが上手いのか。
ダジャレじゃないぞ?
「分かってないなぁ。トドメの一撃、あげましょうか」
「えっ?」
奥さんのキョトンとした顔を暫し見つめて、
「あの子は言ってました。俺がどんな両親なの?と訊いた時は『優しいですよ。二人とも』って。よく出来た子だねって言った時は『親の躾の賜物ですねぇ。やっぱり感謝しないと』って。本当に嫌いだったら、こんなこと言えますか?」
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