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「俺も爺ちゃんを亡くした身だから分かるけどな、人の死ってのはそう簡単に受け入れられるもんじゃない。まして忘れるなんて、一生かかっても無理な話だ」
爺ちゃんが死んだと親から教えられた日、俺は呆然として、涙が出なかった。
爺ちゃんの冷たい肌に触れた時も、涙は出なかった。火葬の時も、葬式の時も。
全てのことが終わって家に帰ってきて、初めて爺ちゃんが居なくなったことを理解した。それで初めて、涙が出た。
それから一週間くらい、食事も喉を通らなかった気がする。
「お?ちょっと見てみろよ」
俺は花束に一枚の便箋が紐で結ばれているのを見つけた。
「これは……」
美咲が見やすいように角度を変える。
便箋には丸っこい字で、学校での出来事や流行りの歌、担任への悪口なんかが書いてあった。締めにはプリクラが貼ってある。
おそらく美咲の友達だろう。
「いい友達じゃないか。花を手向けるだけじゃなく、手紙までよこしてくれている。これでも忘れられてるなんて言えるか?」
「……いいえ」
「だろうな」
俺は便箋の紐をほどいた。
「持ってけ。これさえ持ってりゃ、寂しいことなんてないさ」
「……はい」
美咲は手紙をしっかりと受け取り、いとおしそうに胸まで持っていった。
「私は、幸せ者だったんですね」
遅いよ。気付くのが。
「よし。そろそろ帰ろうか」
「はい」
二人で同時に立ち上がる。
「すっかり遅くなっちまったな。夕飯はどうし――」
とす、と胸に何かが飛び込んできた。
「……美咲?」
「ごめんなさい……。少しだけ……少しだけ甘えさせて下さい……」
シャツ越しに、熱いものが伝わってくる。
「……分かった」
「う……うぇ……」
嗚咽。
抱き締めてやりたいという衝動もあったが、自制した。
代わりに空を見上げる。
月はまだ、顔を出していなかった。
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