6人が本棚に入れています
本棚に追加
「…………ふっ!はっ!」
時刻は鳥達もまだ眠っているような、早朝というより深夜。
「やっ!はっ!……たぁぁっ!」
まだ薄暗い中、一人の女性が剣を振るっていた。
「………ふぅ、今日はここまでにしようか……」
彼女の名はエリナ・ササリア。
このフィリア大陸で最大の領土を誇るスティルカルダ王国に仕える騎士である。
切れ長の細い目と、肩口で切り揃えられた銀髪が特徴的な彼女は、その中性的な美貌のせいか異性からも同姓からも人気があった。
さて、そんな彼女が何故こんなまだ日も昇りきっていないうちから鍛練を行っているかというと、それは実はいたって簡単な理由だったりする。
つまり、他の騎士隊の連中に合わせると野次馬が多くて集中出来ないのだ。
故にエリナは朝早く、まだ誰も起きていないような時間から鍛練を始めている。
「しかし……」
片付けも終えて汗を流しに共同浴場に向かおうとした足を止め、なんの気なしにエリナは空を見上げた。
「私も随分と慣れたものだ……」
エリナが所属する騎士隊、「ウィンドミーリス騎士隊」に入隊してから早いものでもう10年。
入隊したての頃から今の生活を続けていたエリナは、今では早寝早起きは習慣として定着していた。
「孤児だった私を拾い、騎士隊に入れてまでくれた皆には感謝しているが…………」
でも、と呟いてエリナは再び共同浴場に向かって歩き出した。
「鍛練くらいは静かにさせてもらいたいものだ……」
溜め息と一緒に零れ落ちたその言葉は、今は隊舎で眠っている騎士隊の連中には聞こえているはずはないと毎回思ってはいるのだが、それでも1日1回は言わないとやるせない気分になってしまうエリナだった。
そして、
「今日は私は非番か……久しぶりに街にでも降りてみるか」
なんとなく決めたこの予定が、彼女の……エリナの運命を、大変な方向へと導いていることに、今は誰も気付いていなかった。
最初のコメントを投稿しよう!