黒を宿す天使

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 玉座へ続く短い階段より十歩ほど手前で立ち止まると、黒天使はその場に膝をつき、恭しく頭を垂れた。 「申し訳ございません。些か大聖堂が混んでおりまして、思わぬ時間を取られてしまいました」 「そうか。ご苦労であった」  威圧的な声は初めばかりで、続いた労いの言葉は慈しみに溢れていた。 「面を上げよ、シャ・ノワール」  貴名に応じ、あどけなさを色濃く残す美貌をゼウスへ向ける。  眩しい光を見るように、ゼウスが軽く目を細めた。 「永い間、よくエデンに通じる扉の番をしてくれた。感謝している」 「勿体無き御言葉、痛み入ります。全てはゼウス様の御加護ゆえでございます」  緩やかではあるが、はっきりとゼウスはそれを否定した。 「全ては、そなたが“黒”を疎まず、役目を担ってくれたからこそだ」  その言葉に、ユーディットは戸惑いを浮かべた。言っている意味が解らないのである。 「恐れ多くも、ゼウス様。私は己の境遇を疎んだ事はございません」  天界で黒が許されているのはゼウス神と、ほんの僅かな力ある神々だけである。  天使でありながら天界で黒を帯びることは、本来なら恐れ多いことなのだ。  例え許されたとしても他の天使の僅かしかない負の感情を呼び起こすだけなのである。  まして“生まれ持つ”などというのは、生まれながらに神と同等であるという主張にも繋がり、冒涜とも言えるのだ。
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