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ゲーラの家は町外れまで出て右に入った奥まった所にある。家は赤煉瓦造りの一階建てで手前が鍛冶場になっていた。山が家の裏のすぐ側まで迫っていて栗の花の匂いはここから放たれているようであった。
「先生、どうぞこちらへ」
ゲーラに案内されて店の裏の方に回る。木戸を開けたゲーラの後に付いて中に入れば空気が淀んでいるような感じがした。
「先生、夜分、申し訳ございません」
奥の部屋から少しやつれた表情の妻のライヒが足元が隠れて見えないつぎはぎだらけのスカート姿で表れる。黒いが傷んだ長い髪に長細い顔、鼻筋は通っているが大きめな口と顔中の皺と染みが生活が裕福でない事を物語っていた。
「気にする事はありません。これが医者の務めですから」
「こちらです」
ライヒの言葉に奥を見れば薄暗いランプの下、壁際の鉄パイプのベッドに少年が一人横たわっているのが見えた。他の兄弟達も心配で寝れないのかその周りに立って末っ子の容体を気遣っていた。
裏の木戸が開いてルーアンがまず先に出て、次にゲーラとライヒが出て来る。夜明が近いのだろう、もう辺りは白み始め、あちこちから鳥の囀りが聞こえて来た。
「先生、ありがとうございました」
ゲーラにも少し安堵の色が見える。往診は見立てをして煎じ薬を与えただけだから割りと簡単に済んだ。
「熱冷ましを飲ませてみましたからちょっと様子を見て下さい。体に湿疹のような物がないのでただの風邪だと思いますが、症状が回復しないようでしたらまた来て下さい」
「本当にありがとうございました」
ライヒは何度も頭を下げる。
「あっ、それと先生、これは往診代と薬代という事で……」
ゲーラは腰にぶら下げていた小さい茶色の薄汚い袋の中に手を入れ銅貨5枚を取り出す。銅貨5枚は3日分の食事代だから当時にしてはかなりの高額である。
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