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沈黙を解いたのは、いつの間にか応接間から出ていたらしき牧志さんの笑い声。
「イリヤさん、またですか?ちょっと待っててねー。志乃ちゃんにも新しいの、すぐ持っていくからね。」
牧志さんの声のした方、つまり応接間の扉に目をやって、また元の体勢に戻ると…。
今度はビゼー、俺の携帯電話を握っている。
「!ちょ…」
身を乗り出してビゼーに手を伸ばすが、このビゼーなかなか身軽な様で、俺のつけていたリストバンドを器用に掠め取ったりベルトループにつけていたウォレットチェーンを外したりしながらヒラヒラと身をかわす。
蝶のように舞い、やはり蝶のように盗む。
ヒゲでハゲのおっさんには勿体無い気がしたが、そんな表現がよく似合う気がした。
「チェス!」
無言の格闘の末、ビゼーが俺の財布を掴んだ。
「くされムッシュ!!」
ビゼーの優雅な物腰に、俺の悪態まで優雅リミックスされてしまう。
「チェス!」
続いてミルクレープを夢中で食べていた筈の天津が声を上げる。
手にはプリン。
「くそマドモアゼル!!」
そしてやっぱり食べられる、俺に出された筈のプリン。
「さて、改めまして。」
牧志さんが持ってきてくれたプリンを警戒しつつ食べていたが、再びキレられても怖いので天津の方に向き直る。
「うちのお仕事は情報収集、物品や人物の運送・奪取・奪還…大体の所は解ってくれたかな?」
全く、この会社に関わり始めてから驚きの連続だ。
「ええ、痛いほど。」
天津はからからと笑うと、ビゼーに目を向けた。
「ビゼーの盗みの腕はピカイチだよ。フランスでの路上生活が長いからね。ビゼー似は伊達じゃないよ。頭の毛だけ足りないけど。」
「はあ。」
続いて天津は牧志さんを指して
「マキシマムのドライビングセンスも抜群だしね。うちは基本実力主義だから。」
と、笑顔で頷く。
「マ、マキシマム?」
「あ、オバチャンね、この会社ではマキシマムって呼ばれてるの。牧志とかけてるんだけど、格好いいでしょ?」
…さいですか。
考えてみれば、天津のネーミングセンスは危篤な程に奇特だ。
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