ビゼーとプレシデント

4/5
前へ
/49ページ
次へ
  沈黙を解いたのは、いつの間にか応接間から出ていたらしき牧志さんの笑い声。 「イリヤさん、またですか?ちょっと待っててねー。志乃ちゃんにも新しいの、すぐ持っていくからね。」 牧志さんの声のした方、つまり応接間の扉に目をやって、また元の体勢に戻ると…。 今度はビゼー、俺の携帯電話を握っている。 「!ちょ…」 身を乗り出してビゼーに手を伸ばすが、このビゼーなかなか身軽な様で、俺のつけていたリストバンドを器用に掠め取ったりベルトループにつけていたウォレットチェーンを外したりしながらヒラヒラと身をかわす。 蝶のように舞い、やはり蝶のように盗む。 ヒゲでハゲのおっさんには勿体無い気がしたが、そんな表現がよく似合う気がした。   「チェス!」 無言の格闘の末、ビゼーが俺の財布を掴んだ。 「くされムッシュ!!」 ビゼーの優雅な物腰に、俺の悪態まで優雅リミックスされてしまう。 「チェス!」 続いてミルクレープを夢中で食べていた筈の天津が声を上げる。 手にはプリン。 「くそマドモアゼル!!」 そしてやっぱり食べられる、俺に出された筈のプリン。     「さて、改めまして。」   牧志さんが持ってきてくれたプリンを警戒しつつ食べていたが、再びキレられても怖いので天津の方に向き直る。 「うちのお仕事は情報収集、物品や人物の運送・奪取・奪還…大体の所は解ってくれたかな?」 全く、この会社に関わり始めてから驚きの連続だ。 「ええ、痛いほど。」 天津はからからと笑うと、ビゼーに目を向けた。 「ビゼーの盗みの腕はピカイチだよ。フランスでの路上生活が長いからね。ビゼー似は伊達じゃないよ。頭の毛だけ足りないけど。」 「はあ。」 続いて天津は牧志さんを指して 「マキシマムのドライビングセンスも抜群だしね。うちは基本実力主義だから。」 と、笑顔で頷く。 「マ、マキシマム?」 「あ、オバチャンね、この会社ではマキシマムって呼ばれてるの。牧志とかけてるんだけど、格好いいでしょ?」 …さいですか。 考えてみれば、天津のネーミングセンスは危篤な程に奇特だ。  
/49ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加