9人が本棚に入れています
本棚に追加
「さて、改めまして。有限会社天津、取締役の天津 奏手<あまつ かなた>と申します。」
名刺を手渡され、名前を確認して、ハッとなる。
「あ、失礼致しました!本日面接の御約束を…」
この子が天津奏手こと、かなちゃん?
つか取締役!?
「上田 志乃君ね。なかなか素質は有りそうだね。好きなモビルスーツは?」
「あ…キ、キュベレイとか。」
いや、モビルスーツの話しに来たんじゃないんだけど…。そもそも素質って。
応接間は黒と白を基調としたゴシックな内装で、キャビネットには6ヶ国語の辞書と刑法と民法の難しそうな本が並んでいる。よく見ればケースの中に様々なキャラクターフィギュアが飾ってあった。
「よし、ザクタンクと呼ぼう。…行く所無いんでしょ?どう?うち。」
「ザクタンクですか!?いやいや、せめてズゴックとかあ…」
冗談ではあったが、まさかこんな所でガンダムトークになるとは思わなかった為はしゃぎ気味だった俺を、今度はうって変わって冷たい視線で睨み付けて来た。
「…遊びに来たんじゃねえんだろ?」
とにかく色々縮み上がった。
「…と、言う事でまあ、作業内容を知りたいんだったね。」
おもむろに立ち上がった天津は、よく響く大きな音で手を2回叩くと
「ビゼー!」
と、誰かを呼んだ。
因みにビゼーとはフランスの作曲家で、『カルメン』や『アルルの女』で有名。
って。
「ビゼー?」
「プレシデント、ここに。」
もみあげとヒゲの立派(でも頭頂部は寒そう)な紳士風の男が、いつの間にか天津の横にかしずいて居た。
確かにビゼーに似ている。気が付けばテーブルには、入れたての香りが立ちのぼるティーセットが置かれていた。
「ザクタンク君に、お仕事を。」
しかも天津には分厚く甘ったるげなミルクレープが用意されているが、俺の目の前には、ちょっとスプーンでえぐった跡のあるプリンが置かれた。
このビゼー、ただ者じゃない。しかも一瞬目を離した隙にプリンが目に見えて減っている。
「お初にお目にかかります。私、イリヤ・イレイチ・オブローモフと申します。以後、宜しくお願い致します。」
「あの、ビゼーさん。」
ビゼーは少し傷付いたような顔をしたが、お構いなしだ(俺が)。
「プリン食わないで下さいよ。」
笑顔で固まるビゼー。
ミルクレープを貪る天津。
最初のコメントを投稿しよう!