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優しい笑みを浮かべ手を差し出す澪龍の手を、神原は情けない格好で取って立ち上がった。
「あ・・・・・・ども、神原慶三です」
恐縮しながら自分の名を名乗る彼に、澪龍は最高の笑顔で「これはご丁寧に」と言った。
神原が落ち着きを取り戻したことを確認し、正徳は吉倉に近寄る。
「これから綿ヶ貫村にご案内します。私の後ろからついて来てください」
そういうことになった。
「質問いいっスか?」
運転席から首を傾けた神原が、助手席で一人考え耽る吉倉に声をかけた。手を後ろ頭にやり煙草をくわえて上の空だった吉倉は、覇気のない声で聞き返した。
「何で後藤警部は名字変えないんですか?」
あぁとやる気のない声で受けると、くわえていた煙草を灰皿にやり、引き締まった顔で彼の質問に答えた。
「プライベートじゃ嘉美君はしっかり『佐々木嘉美』で過ごしてるぞ。『後藤』姓はこういった仕事の場でしか使ってない。理由は簡単、『後藤家』というのは業界じゃ知らない奴はいないからな、色々便利なわけだ」
「へぇ~」
それからちょくちょく神原が振る話に適度に答える吉倉は別に考えていることがあった。
だが、まだ頭の中の空想でしかないのでまだ誰にも話していない。自分自身も半信半疑であるのだ。
それとは別に気になることが吉倉にある。
(あれは誰だ・・・・・・・・・?)
濱癘村(はまらいむら)で感じた視線―――彼も、神原同様にそれに気づいていた―――に、車の周囲に残された靴跡。誰かが自分達を監視している?しかし誰が何の為に?そもそも───
そこまで考えると、彼は車が止まるのを感じ、窓の外の景色に目線をやった。
「着きましたよ、綿ヶ貫村」
車から降りれば、朽ち果てた看板が彼らを出迎えてくれた。
『ようこそ綿ヶ貫村へ』
朽ち果てた看板には読みにくい箇所があったが、そう書かれていた。
───綿ヶ貫村。
ここが今回の惨劇の舞台である。内容は先日訪れた濱癘村とそっくり同じである。
第一発見者であった山瀬幸三は、事件発覚二日後に青酸カリ等の毒により殺されている。濱癘村の原山も同様に毒殺されている。
どうも奇妙なこの事件、何か裏があると睨んだ吉倉は何か掴めないかと期待し、正徳の案内に従って廃村となったこの地に足を踏み入れた。
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