二 幕開け

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「役場へ急ごう」  吉倉に言われて彼らはその道を急いだ。  げっそりやつれた表情で吉倉は埃の被ったソファにどっかりと腰を落としていた。舞った埃に噎(む)せ返る吉倉の横では、同じようにやつれた神原が椅子に項(うな)垂れており、正徳は瑞穂達と腕を組んで低く唸っていた。澪龍・秀郷・教経(のりつね)・義経の四人は周辺の探索に出向いており、季達(ときたつ)は眼の前に広がるこの村の地図と睨めっこしていた。 「何でだよ……もう」  うんざりするように特大のため息をつく吉倉はソファに突っ伏した。  ―――――何もない  役場跡に踏み込んだ彼らの印象である。住民表、電話帳、パソコン、その他書類などここにあるべき物が一切無いのだ。そんな馬鹿なと隈なく探してみたが本当に何も無かった。あり得ないとそこを出て点在している家々に土足で踏み込んでは生活感の無い空間を見て唖然とし、新居同然のそれを疲労を溜めて後にすることを二時間くらい繰り返した。 「どうなってんだよ?ここといい濱癘(はまらい)といい」  くぐもった反響しない声に誰も何も反応を示さない。 「?どこに行くんですか、神原さん」  ふらふらと立ち上がり入り口に向かっていく彼に気づいた正徳尋ねると、彼はタバコを吸ってくるだけと答えた。  入り口の近くに来た神原はタバコを咥(くわ)え、肺に灰色の空気を満たしてはゆっくり吐き出していく。 「はぁ~」  世の中には摩訶不思議な現象って本当にあるんだなぁと真剣に思った。上司の知り合いはその最たるものではなかろうか。どうも自分はそれに足を踏み入れてしまったようだ。 「楽しいけどね」  よく分からないが、そんなことを口にしていた。 「………??」  神原は視線を感じた。何か好奇に満ちた、訴えかけるようなそんな視線だ。  この視線を彼は一度感じている。濱癘(はまらい)村から一旦東京へ戻る時に森の中から感じたそれとよく似ていると、彼は瞬時に思った。神原はその視線を感じる場所に眼を向けた。  そこに広がるには不気味な静寂を保つ雑木林であり、村人が全員怪死を遂げて以来ここは封鎖されていたので当然人がいるはずも無い。しかし、そこから視線を感じるのだ。何だろうと凝視した時、一瞬だけその視線の主の容姿を捉えたような気がした。 (女の子………??)
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