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「やぁ」
「……」
雪継はどうしたら良いのか困っていた。
どう返事をしたら良いのか、どんな表情をしたら良いのか。優しい笑みを浮かべる彼に、どんな反応を示したら良いのか、仲良くなれるチャンスだと思えば思う程、言葉が出て来ない。
まるで心の中に大型台風が上陸したかのように荒れ放題の大混乱だ。
口を開けパクパクと言葉も出ない情けない雪継をよそにふと、彼は眩しそうに天を仰いだ。
そして一言。
「あぁ…樹が…」
「……へ?」
「…あっはは。僕、SMS能力で植物と話せるんだ。お前…確か雪継…だったよな?」
「あ…あぁ」
「ふっ…その樹…。お前の事、痛く心配してるぞ」
「……えぇっ!?」
一呼吸置いて驚き、雪継は背にしていた木を見上げた。
地上と違ってここは地下。だから勿論風が吹くはずも無く、空調が作動していると言っても、遥か天井間近の事。それなのに、木は何故かサワサワと揺れている。
「ほら…今笑った。彼らには分かるんだ。お前は皆が言う程怖い奴でも、嫌な奴でも、ましてや悪人なんてものでも無いんだって事がね。そうだろ?」
にこりと笑う彼の姿が、キラキラと眩しく見え、思わず目頭が熱くなる。
嬉しくて嬉しくて、自分を理解してくれる人が本当にいたのだと思うと、雪継の胸の内に、今まで感じた事の無い感情が込み上げた。
「おい、泣くこと無いだろ」
「なっ……泣いてなどっ…」
ポタリッと手の甲に落ちて来た雫に、雪継は驚きを隠せず、不思議そうに雫を見つめる。
ポタッポタリ……
泣くなどという行為は、とうの昔に卒業したはずだった。そのはずが、今、自分は泣いている。涙を流している。
「僕は森。よろしくな」
おもむろに差し出された手を、雪継は恐る恐る握った。
その手の温もりは、5年経った今も、ありありと思い出せる。森のお陰で、今の自分があると言っても過言では無かった。涙を流したのも、後にも先にもあの一度きりだったが…。
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