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部活で仲の良かった数人の友人が、夏期講習から駅前の塾に通い始めた。
「えーっ。マジ?」
「ミーも来ればいいやんかぁ! 来年は受験生よ」
「……うん」
そう安くはない授業料。友人からもらったパンフレットを見ながら、美幸は悩んだ。学校でも、部活でも、塾に通うことが、軽いブームになりつつあった。
流行に流されるのは嫌いだったが、美幸も女の子だった。友達の話に、ついて行けなくなるのは寂しい。ただそれだけの理由で、塾に行かせて欲しいとも言いづらい。
「うーん……」
珍しく真顔で悩む美幸に、母親が笑いながら話しかけた。
「行きたいんなら、行けば? 顔に書いてある」
「けど、高いもん……」
「お願いしてみたら?」
「うん……」
父親は帰宅出来ない日、夕食の後必ず、電話をかけてくる。その日は、美幸が先に電話に出た。受話器を耳に当てなくても、父親の声はよく聞こえる。
「おぅ! 元気か? どうしたんや?」
「うん……。あのね……」
「なんや? はよ言えっ! カードが少ないけぇ、かぁちゃんと喋れんようになる」
「……、塾行ってもいい?」
「ジュク? ……何しに行くんや?」
激しくトーンの下がった声と、間抜けな質問。美幸は思わず笑った。
「オッサン馬鹿じゃないん? 勉強に決まってるやんっ!」
「……ほぉっ! お前ぇ、学校だけじゃ、ダメなんか? 可哀想に。ワシらの娘じゃけぇのぅ」
娘の言葉に父親もやり返す。
「うるさいなぁ……。ウチは高校行くけぇ、勉強したいのっ!」
「……好きにせぇや。ちゃんと勉強せぇよ!」
「……ありがとう」
父親は、嬉しそうに舌打ちしながら、早く電話を代われと、がなり立てていた。美幸は、受話器を母親に渡しながら、
『頑張ろっ!』
と、心の中で呟いていた。
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