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小学五年生に上がる時、恵美はその部屋を姉から引き継いだ。顔も知らない姉から……。
姉の使っていた物を、父母とともに段ボール箱に詰め込み、階下の納戸に運んだ。
教科書……ノート……雑誌……洋服……。
恵美は父母の涙に気付かないフリをした。姉のことを、色々と尋ねたいという気持ちを抑えた。
……やめとこ……
十年以上、そのままにしておいた部屋の片付けをする父母は、同時に、ようやく心の整理をしていた。それを恵美は、なんとなく感じていた。そして、恵美が生まれる二年ほど前に、さっさと人生を終えてしまった姉に、嫉妬のような感情も覚えた。姉が生きていれば、生まれてはいなかった、そう思う。
両親は、カーテンを替え、ベッドの布団を取り替えると、姉の机の片付けは恵美に託して、階下へと降りて行った。
まだ辛いんだ……
何ら悲しい思い出を持たない恵美は、机の引き出しを開けた。綺麗に拭き上げたばかりの机上に、引き出しの中身を並べ始める。長く放置されていた椅子が、少し動かす度に軋んだ。
何? これ……
シャープペンシルや色とりどりのペンが詰められ、すぐにでも使えそうな筆入れ。そして、それよりもだいぶくたびれた、同じ型の筆入れがもう一つ。ぼろっちぃ方には、くすんだ水色の布切れが巻き付けられ、その上から、髪をまとめるリボンが結びつけてあった。
……襟、よね?
水色の布切れを広げた恵美は思った。シャツか何かから切り取られた、乱雑なハサミの跡が残っていた。
姉が普段使うものとは別に、大切に保存していたとしか思えない、くたびれた筆入れから、赤い糸で束ねられたボタンが五つと、消しゴムの切れ端が二つ出てきた。
トクン……と、恵美の心臓が少しだけ慌てた。姉の秘密を垣間見た気がして。父母が本棚を片付けながら、しきりに口にしていた名前を思い出す。その日だけではない。彼らが、恵美に姉の話を聞かせる度に登場する名前。ボタンも消しゴムも、きっと、その『ソウちゃん』の物――。
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