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ぼくが彼女の頭の、ちいさな禿げの個数を目で数えていると、彼女はふと髪の毛を抜く行為を止め、青いコンタクトレンズを入れた瞳でぼくを見つめた。
「別れよ」
その、海のように透き通った瞳は彼女によく似合い、作り物だという事実をいつも忘れそうになる。
そして、ぼくはその瞳で見つめられたが最後、一種の催眠にかかったように何も言えなくなるのだ。
ぼくは火の消えたタバコを解放した。
彼女は灰皿とライターをぼくから取り上げると、髪の毛で出来た小山から数本取り出して灰皿に載せ、ライターで燃やしはじめた。
「カラオケボックスってさあ、閉鎖的だし、食事も殆ど冷凍でしょ、嫌んなるよ」
タンパク質の焦げた匂いが部屋中に充満した。炭化して、チリチリになったそれを彼女は右手の指でこすりあわせ、粉末状にしながらため息をつく。
左手では大きくなった腹をさすりながら。
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