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「僕は歌手じゃないんだよ」と言う。
いきなりの僕の発言に戸惑い、カズキは僕に制服を手渡そうとしたまま制止する。そしてひとまず体勢を立て直す。
彼は言う。
「そんなこと知ってるさ。ヨシノ、お前は歌手なんかじゃない。そしてこの俺も歌手じゃない」
「もちろん僕だってそれは知ってる」
カズキは困惑の色を浮かべ、「一体何が言いたいんだ?」と尋ね、また最初のようにバイプ椅子に座った。
「僕が言いたいのは、つまり一種の考え方さ」
カズキは沈黙している。この男は自分が興味深いと思ったことに対してだけは耳を傾ける。
「僕は歌手じゃない。だから合唱コンクールで歌わない。僕は陸上選手じゃない。だから体育祭で走らない。僕は客寄せじゃない。だから文化祭で店を出したりしない」
ふと、カズキが口を開く。
「でもよぉ、俺は歌手じゃないけど歌ってるぜ。陸上選手じゃないけど走るし、客寄せじゃないけど店も出す。他の奴等も同じだと思うけどな」
「だから最初に言ったように、これは一種の考え方さ。カズキやクラスメート諸君は、それとはまた違う考え方をしているんだよ」
カズキはうなずく。しかし、納得しているようには見えない。そしてつぶやく。
「じゃあさ、その考え方でいくと『ヨシノは一体何者なんだ?』歌手でもないし、陸上選手でもないことは分かるが、お前は何なら実行出来るんだ?」
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