第1章 巡り合わせ

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この男もまた二人と同じ異世界人で、しかも、人を平気で殺せる、何を考えているか分からない危険人物なのだ。その事実がある以上、油断は禁物である。 「所で、ライナ。君には初恋の人がいたな」 「ぶふぅ!?」 何気ない会話であるかのように切り出したウルフの発言を受け、水を飲んでいたライナが思いっきり噴き出す。 「ライナ、貴方汚いですね」 焦ったライナは抗議するユアを無視して、頭の中で激しくウルフの言った初恋の相手はどちらかと悩む。だが、ユグドラシル以外での接点のないこの男が、親しいユアですら知らない事を知っている筈がないのだ。 「…何の話?」 心臓が飛び出しそうな程、激しく脈打っているのを感じながらライナは平静を装う。 「金髪碧眼の…」 「くたばれ!」 ライナが目にも留らぬ速さで投げたナイフをあっさりと交わし、にやっと笑ったウルフのその笑顔を見て、ライナは無力さを噛みしめた。何故なら、ウルフの言った事は絶対の秘密にしていたライナの汚点だったからだ。 人間勘違いくらいよくあるのだが、ライナにとってはその過去は痛手である。 「ユア。君はコレクションの一部を…」 今度はユアが剣を抜き、斬りかかるが、あっさりと交わされる事は予想済みだったため素早く力を解放した。ユアの具現化能力――イメージを現実の世界で形作る力が炎を生み出す。 「紅蓮の焔よ、全ての物を焼き払え!」 そう言った瞬間、圧倒的な炎がウルフに殺到する。焚火の数十倍にあたる炎が闇夜を照らす。 「ユア、ちょっと、たんま!」 「ユアぁ! 聖騎士団の連中に見つかる! 鎮火、鎮火!」 「黙りなさい。私は今すぐにこの男を抹殺し、忘れかけた過去ごと、今度こそ消し去ります」 ライナもアゼルの面々も恐怖に震えながら、怒れる神が行き去るのを怯えて待つしか出来ない。 「血気盛んだな」 余裕綽々のウルフが炎が上がっている場所から遠く離れ、闇にまぎれて逃げるつもりだと判断したユアは、後々の事も考えず、更に力を解放する。 「蒼き刃よ、射し貫け!」 人と同じくらいの大きさの氷柱が数十本空中に現れると、地面に突き刺さる轟音を起こしながら、逃げ回るウルフを狙って次々と放たれる度に、激しい破壊音が草原を揺るがす―― ††† 馬より速い水棲馬のお陰で立った一日でたどり着いたケテル山、始まりの巡礼地と知られる名も無き村。静かな村にある篝火の炎が不気味さを演出する。
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