164人が本棚に入れています
本棚に追加
「ん?」
やおら彼は立ち上がる。戻ってきた彼の手にはワインとワイングラス、それからオープナー。
「貸して」
おれはいそいそと彼の手からオープナーを奪う。ワインはあまり飲まないが、ワインの栓を抜くのは嫌いじゃない。
彼に「上手だね」とおだてられてから、もっと上手く開けてやろうと、闘争心を燃やすようになった。
男なんて単純な生き物だ。
「くそっ、失敗した」
瓶を覗くとコルクの小さな破片が浮いている。
「平気だよ。それくらい」
彼は自分でグラスにワインを注ぐ。
グラスに注がれたやつにも、破片が浮いていた。
最初の一杯を、おれは自分で飲み干した。
「値段のわりに美味いかも」
彼はちょっとはにかんで、おれの手からグラスを奪う。
「よく言うよ。味の良し悪しがわかるほど、通でもないくせに」
まだ飲んでもいないのに、今夜の彼は饒舌だ。
「何かいいことでもあった?」
「別に…」
別に、と返してくるときは、言いたいことが本当はあるときだ。
「悪いことは?」
「ないけど」
悪いことがなかったならいい。もっもずっと家にこもっている彼に、早々悪いことが起こるとは思えない。
最初のコメントを投稿しよう!