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灰色に煙る小雨の中、たった二両しかないディーゼル列車はゆっくりとしたスピードで進んで行く。
五年振りに見る風景だが、何一つ変わっていない。
小さな駅舎。
通り過ぎる無人駅。
大晦日だというのに、慌ただしさなど微塵も感じさせない長閑な時間の流れ。
そんな懐かしさにほんの少し、センチメンタルになりながら、窓に額を寄せる。
彼はこの景色を懐かしいと感じるだろうか。
もう二度と思い出したくない場所として、まだ嫌悪を感じるだろうか。
それとも、記憶の片隅にさえ残すことなく全てを消去し、何の感情も持たずに眺めるのだろうか。
人の心はパソコンのように、そう簡単に全てを消去できはしない。
だから彼は苦しみ、悩み、自分を壊した。
おそらく彼がここを訪れ、懐かしいと思えるようになるのは、まだ何十年も先のことだろう。
正月に帰省する気など毛頭なかった。
親が元気なことはわかっているし、年末年始の人混みの中、出掛けたいと思うほど若くもないし、何より彼を一人にしてしまう。
ましてや彼が忘れたいと思ってる場所に向かうことが、どうにも嫌だった。
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