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『お疲れ様。ゆっくり寝正月でも楽しんで』
ゆっくりなどするつもりはない。
明日には戻る。
そう打ち込もうとして、ふと足を止めた。
商店街と呼べるかどうか疑問だが、地元の人間はそう呼んでいる通りに、シャッターの降りていない店があった。
当時「内田屋」の愛称で寄り道場所のひとつとなっていた、小さな雑貨屋だ。気のいいおばちゃんがいて、おれたち学生がたむろしても嫌な顔をせず、それどころか仲間に加わってよく話をしていた。
店の奥におれたちがくつろげるよう、椅子やテーブル、冬にはストーブまで用意してくれてあった。
そこで学校帰りにアイスやカップめん、肉まんなんかを食べたりした。
入り口のガラス戸から中を覗き見る。
店内のレイアウトがほとんど変わっていないことに驚いた。
カウンターの向こうで船を漕いでいる老女がいる。
あのおばちゃんだろうか。
おれは思わずガラス戸に手をかけていた。
「いらっしゃい」
扉の開く音で老女は顔を上げた。
あのおばちゃんだ。間違いない。
おれは何を買おうかと店内を見回した。
酒やつまみは用意されているだろう。
タバコは吸わないし、菓子も食べない。
買うものがない。
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