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何も買わずに出てしまうのは何となく申し訳なくて、手近にあったガムを手にした。
カウンターにガムを置く。
「寒いでしょ? 雨は上がりましたかね?」
老女はガムにテープを貼り付けた。
「傘をさすほどではないですよ。でも初日の出は拝めなそうですね」
ポケットから小銭を取り出し、それに気づいた。
カウンターの隅に、籐のカゴに入った蒸しパンが置かれていた。ひとつずつラップに包まれたそれは、おばちゃん手作りの蒸しパンで、黒糖の甘い香りがおばちゃんの人柄をそのまま表していた。
他人なのに母のような存在。
たまに羽目を外して怒られたこともある。
でもそこには愛情が感じられた。
若い君たちからパワーもらって、長生きするのよが口癖だった。
「すみません。これも」
おれは蒸しパンをふたつ、買い物に追加した。
「ありがとうございます。350円になります」
凄いことに蒸しパンの値段は当時のままだった。
お金を払い、商品の入った袋を受け取る。その瞬間、小さな節くれだった老女の手が触れた。
「よいお年を。いつまでもお元気でいてください」
老女はしわくちゃな顔を綻ばせ「よいお年を」と何度も頷いていた。
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