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店を出ると、さっきまでの寒さが幾分和らいだ気がした。
おれはメールを打つ。
『内田屋がまだあった。びっくりだよ』
彼は当時内田屋に入り浸っていた。
自宅に帰りたくなくて、行くところがなくて、あそこだけは彼を拒まなかったからだ。
もっともおれが彼のそんな事情を知ったのは、高校を卒業して何年も経ってからだった。
ブルル……。
携帯を開く。
『蒸しパン、食べたくなった』
おれは文面を読みながら、彼にとってここが辛いだけの場所でなかったことに安堵した。
おれと彼が生きてきた時間がここにはある。
おれたちが共有した時間、共有した人たち、共有した場所。
どんなことがあっても、ここは彼を拒まない。彼の本当の家族とは上手くいかなかったけれど、彼が忘れたくない思い出も確かにあったのだ。
家族ではない、家族の思い出。
『明日帰るよ。土産の蒸しパン持って』
いつしか雨はすっかり上がっていた。
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