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楽しい旅行だった。
楽しい、それ以外の言葉は見つからない。
彼は始終笑顔だった。
初めて乗る飛行機が離陸する瞬間だけは少し緊張していたが、地上を離れるとホッとしたように微笑んでいた。
時期外れのせいか、宿泊先に選んだリゾートホテルもそれ程混み合ってはいなかったし、知り合いもない遠い観光地で人目を気にする必要もなかった。
昼間は街中を散策し、見慣れぬ郷土料理に舌鼓を打ち、夕暮れの海岸を散歩し、普段飲まない高いワインで乾杯した。
「新婚旅行みたい」
バスローブ姿ではにかむ彼に、愛しさが込み上げた。
窓辺で外を眺める彼を背後から抱き寄せる。
「ほら、やっぱり甘ーい新婚カップル」
彼は窓ガラスに映ったおれたちを笑う。
おれは彼の髪に鼻先を埋めた。
「…また来よう」
フローラルなシャンプーの香りを肺一杯に吸い込む。
「来年も、再来年も、ずっと一緒に…」
腰に回したおれの手に、彼は自分の手を重ね「ありがとう」と、答えてきた。
「お前と出会わなかったら、どうしてたのかな?」
「どこかで、他のやつと生きてるんじゃない?」
「…想像つかない」
「…想像、したくない」
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