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しばらく妻の視線に耐えながら、ようやく娘のポーラがステージのピアノの前に座った。
そうすると、ヘレンの視線もやっと前のステージに向けてくれたようだ。
ジャックは胸をなで下ろし、おそらく緊張しているポーラに向けて、無言のエールをおくった。
もう12歳だが、されど12歳だ。きっと足が震えそうなのだろう。顔がこわばっている。
しかし、さすが会場慣れしている。まあ、7つの時からこの発表会に出ているからな。一度、鍵盤に手をふれると、すぐに「仕事」の表情になり、流れるように演奏をし始めた。
やっぱり俺の子だ。と、ジャックは誇らしげに思いながら、親バカらしく娘の演奏に酔いしれた。
その酔いをさましたのは、妻のヘレンの声だった。
「何、いつまで寝てるの? それもこんなところで」
と、ヘレンは飽き飽きした声で、ジャックを叩いた。
そばにはポーラもいる。
どうやら、「酔いしれた」まま、それも娘の演奏中に座席で眠り込んでしまい、そのまま発表会自体が終わってしまっていたらしい。
周りを見渡しても、ちらほらとしか人がいない。いるのは、ホールの後片付けの人くらいだ。
「あっすまない」
と、ジャックは謝ったが、2人はそのまま彼を置いて帰ってしまった。
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