4人が本棚に入れています
本棚に追加
二日かけてだらだらと、彼氏と共に住む部屋の大掃除をした。
まだ掃除一日目でありながら、二日かけて隅から隅まで掃除する!と決めた自分達の情熱は昼すぎると冷めてきていて、彼氏はベッド解体よりもテレビを優先しはじめていたし、私は酒を飲み飲みやっていた。
そのときの私の分担はベランダ。先日きた台風で、観葉植物の残骸と大量のペットボトルや缶がちらばってしまっていた。
やれやれ……と思いながら、彼氏の即興の変な鼻歌が聞こえる中、ゆっくりと全部片付け、掃き掃除をしようとしたところ。
隅に蝶がとまっていた。
こどものころ、渇望するように本を貪っていた私には、それが「オオルリアゲハ」だと認識するまでの時間はいらなかった。
とてもうつくしい、墨黒と瑠璃色の羽。
こんなマンションに出現することがあるのかと思いながら見とれていると、不自然なことに気付いた。
羽が全く動かないのだ。
すぐに、ほほう、死んでいるのだな、と思った。
うろ覚えの知識では、蝶は長時間、羽を止めることがなかったはずだった。
でもなにぶんこどもの頃の記憶だったので、自信はない。
もしかしたら生きているかもしれない。もう少し蝶を見ていたかった私は、冷蔵庫にビールを取りにいき、ベランダですこし飲むことにした。
埃っぽく、鮮やかな青空がみえるのに薄暗い、ひんやりとしたそこで飲んだビールはたいへんうまかった。
生きているとしたら、
私は思った。
生きているとしたら、彼は息をしんと潜めて、動かないことを決めて、どんな休息をとっているのだろう。
こんな冷たく狭く、埃っぽく淋しい、孤独なベランダで。
私がわからないだけで、それが安らぎで在るのだろうか。
それとも、またあの美しい羽を翻して別のとおい空へ旅立つための、渾身の集中なのだろうか。
後者であってほしかった。
私は箒を取り、傷つけないよう注意をはらって、蝶のやすらぎの場を掃いた。
蝶に当たらないように。願わくばはばたき、飛んでいってしまうように。
だが、蝶は風圧でふわりと宙に浮き、そのまま横へ倒れた。
……私は、自分が関わってしまったことを後悔しながら、蝶をベランダから空へ放り投げた。
転生してまた私のもとへ来てくれますように。
ビールはぬるくてまずくなっていた。
変な鼻歌を歌う彼氏に抱きついて、私はすこし泣いた。
最初のコメントを投稿しよう!