朱里

6/6
前へ
/6ページ
次へ
「……刀を持った4人の男達にたったひとり木刀で立ち向かったから」  朱里は顔を上げる。 「だからあなたは薬屋の姿をした強いお侍さん」  あどけない少女の笑顔は、春の優しい日溜まりのようだった。  遠くから老夫婦がこちらに声をかけている。その相手が朱里の事だと気がついた青年は 「それは少し違う」  屈んで朱里のやわらかな髪をくしゃりとなでた。 「お前、名前は」 「朱里(あかり)。お侍さんは?」 「俺は侍じゃあない」  青年は薬箱を背負い直して土手の上に駆け登った。その時、『石田散薬』と書かれた旗が大きくひるがえった。 「俺は歳三。石田村の薬売りだ。今は武士じゃあねぇけど、そのうち必ず武士になる」  逆光で歳三の顔は暗かったが、朱里にははっきりと見えた。 「朱里の事、覚えたぜ。またな」  歳三の希望に満ち溢れるぎらぎらとした眩しい瞳が。  風が吹いた。草が大きく揺れた。  老夫婦が朱里を連れ戻そうとしても、彼女は歳三の姿が見えなくなるまで手を振り続けていた。  黒船来航のわずか3ヶ月前の出来事だった。  嘉永6年(1853年)  歳三 19歳  朱里 11歳 …続く
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

199人が本棚に入れています
本棚に追加