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目の前には、半分に減ったメロンソーダ入りのグラスが置かれている。半分飲んでしまったのは他でもない私。
大嫌いなメロンソーダをかなりの時間をかけてゆっくりゆっくり飲んだのだ。店に備え付けてある時計を見ると、来店してから三時間が経っていた。
なんて迷惑な客なのかしら。自嘲して、グラスを揺らすと、氷の溶けきったそれはただ水音だけを生んだ。
メロンソーダ一杯で三時間。それでもまだ半分残っている緑色。
私、ここが閉まるまでに帰れるかしら。本当は、閉まるまでに、ここを去りたいの。予定通りの道を歩きたい。
窓の外は夕日で赤く染まっていた。
メロンソーダは残すところ約四分の一。私が来店してから六時間が経つことを時計が告げている。
もう、潮時。
あれから一口も飲んでいなかったメロンソーダを一気に喉へ流し込むと、喉はツンと痛んで、目に涙を滲ませた。
だからソーダは嫌いなの、泣きたくなんてないのに涙が出て来るから。
時計を見ると、もう閉店間近だった。大嫌いな飲み物の名前だけが書かれた伝票をもって席を立つ。
口のなかで小さくさよならって呟いた。
「あの人、きっともう来ないよ」
黒髪の女性客を見送って、先輩が言った。
新入りで、常連客の顔さえ知らない私は、ただ曖昧に頷くことしか出来なかったけれど、先輩は苦く顔をしかめて彼女が座っていた席を見ている。
「誰も、来ませんでしたね」
「……よくある、話だろうな」
空になったグラスがぽつりと寂しく取り残されている。低く重い先輩の声に、私はそっと目を伏せた。
聞きたくもない、おとぎ話にさえなれない物語。誰も報われないそれは、ただ悲しくて。
「好きだったんですね」
答えを期待しない小さな声に、先輩は口許だけを歪に引き上げた。視線は二人して頑にグラスに縛り付けたまま、黙す。
可哀想なメロンソーダ。今日だけで少なくとも三人が貴方を嫌いになった。まるで悲しみを写したような緑色は、私たちをより寂しくさせるから。
きっと先輩はこの店を辞めるだろうと、確信に近い予感を抱いて、私はじっと床を見つめた。
END
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