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俯き携帯のメール画面を眺めながら、彼女は努めて無表情を保っていた。抑えきれない怒りで指先が震えそうになる。携帯が僅かに軋んだ。
大半が白い画面に黒で浮かび上がったほんのの数文字が彼女の怒りを煽る。曰く、寝坊した、と。
この素敵な日に、こんな綺麗なツリーの下に、女を一人でほうっておくなんて。怒りと情けなさで彼女の胸の内は燃えるように熱い。
もう何時間立ち尽くしていると思っているのか。周りにいたはずのカップル達は楽しげに場所を移動してゆき、とうとう彼女は一人になってしまったというのに。
「ごめん、遅れた」
背後から聞こえたテノールに振り返る前に待ちくたびれて冷えた体が温かな腕に包まれた。まぁ素敵な演出と言えなくもない。少し勢いの弱くなった怒りを胸に振り返った彼女の目に、楽しげに肩を揺らすサンタクロースが映った。
自分の中で未だ燻っていた熱が瞬時に冷えていくのが彼女には分かった。目の前のサンタは悪戯の結果を待つ子どものようにソワソワしている。
「……さよなら」
喧騒の中にあってなお凛と響いたその声は、この上ないほどに冷たかった。
END
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