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序章 Another Destiny : Moon and Scorpion
男は逃げていた。婚約者の女の手を引いて、必死に逃げていた。息を荒げて全力で走り続ける二人。もはや体力の限界だった。終に追いつかれ、二人が振り返ると、漆黒の体を持つ怪物が不気味な声を発する。
「僕が惹きつける! 君はその隙に逃げろ!」
男が右手を前に出すと、その手に刀が出現した。
「ダメだ、一緒に────」
「行くんだ!」
顔を歪めつつも、女は仕方なく走り出した。
「アン!」
男が振り向かずに叫ぶ。
「約束の場所で待っていてくれ!」
「絶対、絶対に来るんだぞ! 約束だからな、サイリス!」
女は角を曲がって見えなくなった。
「はあっ!」
男の刀が怪物を一閃する。奮闘の末、男は何とか怪物を退けた。
「よお、頑張るじゃねぇか」
背後からの声に、男は驚いて振り返った。見ると、長い黒髪をなびかせて鋭くこちらを睨む者が立っていた。黒いフードを被った顔の奥に光るその瞳から凄まじい殺気を感じた。
「誰だ!?」
「ククク、そうだなぁ。【Ⅰ】(アヌス)、と呼んでもらおう」
黒フードの男は嬉しそうに言った。
「お前と、お前の婚約者で最後だ。やっと完成だぜ。この指輪を手に入れてから、そうだな……。一年くらいか」
「アンに手を出すな!」
「仲のいいことだなぁ。だがもうそろそろ捕まってる頃だぜ。なにせ【Ⅱ】(デュオ)が行ったからな。まあ安心しな。お前も一緒に連れてってやるからよ」
「連れて行くだと!?」
「ああそうだ」
黒フードの男は聞こえないように一言を付け加えた。
「こいつとあのアンって女じゃ、潜在的なものが違うみたいだがな」
「お前らみたいな奴らと一緒になんて────ぐふっ!?」
黒フードの男は一瞬にして移動し、みぞおちに一撃を加えた。構える間も無い一瞬のこと、男は気絶した。
「黙ってついてくりゃいいんだよ」
「サイリス! くそっ、離せ!」
「連れてきたわよ。それにしても煩い子ねぇ。同じ女だから手加減してあげてるのに」
「フン、黙らせとけ」
「サイリス、目を覚ま────うっ!?」
女もまた気絶した。【Ⅰ】と名乗った男が高らかに叫ぶ。
「完成だ!!」
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