勿忘草

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「…なに?」 先ほどから、 表情ひとつ変えず 話を聞いていた私に 彼は問う。 「どうした…?」 「………………」 少しの間だというのに、 それは酷く静かなもので 私は何故か、 口にする言葉を 喉の手前で詰まらせた。 「…ヒロ?」 心配そうに私の顔を 覗き込む彼を見つめて、 この心には迷いが生まれる。 でも、私は 彼を知らない。 そして、彼も… 私を知らない。 「…あなたは、誰ですか?」 「………………」 私が零した言葉に、 彼の動きが、止まった。 「…ヒロって?」 「………………」 「ここは、…どこ?」 一度、溢れ出した言葉は 勢いを知らず、 流れるように 私の口から零れる。 「…あのっ」 「黙って」 「………………?」 そして、次の瞬間 私の言葉を彼の声が遮った。 「………………」 彼は一度、軽く 溜め息をついて腰を上げ 少し隙間の開いた カーテンの端に指を添えて、 それを大きく引いた。 「…俺のこと、忘れた?」 「………………」 外からの陽は窓を通して、 この部屋に広がり そこに立つ彼に反射して 見つめる姿は逆光になり、 黒い影になって私に問う。 「…えっ」 「先生が言ってた。 もしかしたら…記憶が」 「………………」 私に向けられていた視線は 床に落とされ、 どこか寂しそうに口を開く。 「俺だよ?…覚えてない?」 一度、放した視線を 彼に戻すと そこにあった 大きな瞳と重なった。 「…覚えて、ない」
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