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「…ごめ、っん」
「……え?」
深く俯いて
頭を下ろしたまま、
私は小さく呟いた。
「…ごめん、ね」
目頭は熱を帯びて、
溢れ出す涙は
止まることを知らず
この頬を伝っていく。
「…ごめん、なさい」
こんな私が
あなたの傍にいて、
彼女の意識を
この中に閉じ込めて
そう口にすることしか
いまは、できない。
あなたの愛する人を
返してあげたいのに…
「わからないんだよ、
私はなにもかも…
忘れちゃったんだよ?」
あなたが持ってる
彼女との思い出が、
彼女が持ってる
あなたとの思い出を…
「私は、彼女とは違う。
あなたの目の前に、
いまここにいるのは…」
「………………」
あなたが抱きしめて
口づけを交わしたのも…
「…ヒロじゃないんだよ?」
「…だから?」
「えっ…?」
静かに私の言葉に
耳を傾けていた彼が、
ゆっくりと口を開く。
「だから、なに?」
「………………」
「ヒロじゃなくたって、
俺の知ってるヒロじゃ
なくたって…俺の前に
いるのはヒロだよ」
「………………」
ゆっくりと伸びる
彼の腕が、私の身体を
そっと包み込む。
「お前は、ヒロだよ。
だからなにも心配しないで…
ここに居ていいんだよ?」
本当にいいの?
私が、彼女になっても…
「…うん」
彼の温もりを
放さないように、
まわした腕で
しっかりと包み込んで
私は静かに
首を縦に揺らした。
私は、いまのままで
彼の傍にいよう。
それは、ほんの
少しの間だけ許された
哀しい時間を刻む
時計の針の悪戯であっても…
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