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確かに、そんな論文を読んだことがある。人間は何かを意図して行動しようとするとき、先に行動してから、『行動しよう』と意識したという実験結果が実際にある。
「確かにその通りだが、だからと言ってそんなことをするのは不可能だ。それほどの、俺たちには想像もできないほどの計算を行うことなどできるはずがない」
陽は湯のみに静かに口を付けた。程よいほどの渋みと甘みが口の中に広がり、頭の中に静寂が訪れる。ほう、と息を吐き出すと再び彼女に尋ねた。
「ふん……、それなら、今俺がこのお茶を飲んで落ち着いていることもわかっていたのか?」
「……いいえ、それは完璧には分からなかった。さっき、イレギュラーに遭ったときから、あなたに関する情報が未だ更新されていないから」
「更新?どういうことだそれは」
「……あなたにはどう言うべきでしょうか。まず、先ほど、宇宙の運命は定まっていると言ったけど、それを予測、及び観測しているモノがある。……コンピュータのようなモノだと考えればいいかもしれない。そういえば、あなたはさっき、この宇宙に確率がないことなど信じられないと思ったわね?今から、それが真実であることを証明してみる」
彼女は立ち上がり、後ろにある机の引き出しを徐に開けた。よくは見えないが、あまり物が入ってはいなそうだ。
数秒後、彼女が握っていたものを陽の目の前に置いた。白いシンプルなサイコロが……十個。サイズは皆同じで、大きさは二センチ立方くらいであろうか。
「それはどこにでもあるサイコロ。無論、各目が出る確率は六分の一。試しに振ってみて」
彼女が何をしたいのかはわからなかったが、とりあえず言われたとおりに全てのサイコロを持つとテーブルの上へ静かに転がす。――出た目は、一が二つ、二が三つ、三が一つで四が三つ。五はゼロで六が一つだ。別に何も驚くことはない。ただのサイコロじゃないか。
「じゃあ次に、『私が合図したら』全てのサイコロを投げて」
「だからそうしてそんなことを……」
「これを投げ終わったらわかる。それまでは私の指示に従って」
こんな茶番にはもう付き合ってられなかったが、もういい、これで最後だ。これで何も起こらなかったら、さっさとここから出て行こう。
数秒間、部屋に沈黙が流れた。今は何時なのだろう。瞼から重りををぶら下げているようだ。眠くてたまらない。
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