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「……投げて」
手の中にある十個のサイコロを二十センチくらいの高さから投げた。テーブルの上にサイコロが転がる。あるサイコロはテーブルの端の方まで転がり、他のあるものはテーブルの真ん中辺りで普通に止まり、またあるものは湯のみに当たり鋭い音を発する。そして全てのサイコロが止まった。その瞬間、陽の全身に冷たい電気が流れたような気がした。
「――嘘だ。あり得ない……」
十個の赤い目玉が、陽を見下しているようだった。そんなこと、あり得ない。サイコロの『全ての目が一になる』なんて……。
彼女が口を開く。
「もしあなたの言う確率論とやらによれば、この目の出る確率は六の十乗分の一、つまり、約六千万分の一になる」
陽の息は確実に上がっていた。未だに目の前の事態が信じられないのだ。本当にこれが現実なのか否なのかさえわからなかった。じゃあ、これまで俺が体験してきたことも、感じてきたことも全て、予め決められた既成事実だったっていうのか。退屈だが、自由だと思っていたのに、根本的なところで束縛されてきたというのか。
そんなの、嫌だ。
「随分と考え込んでいるみたいね。でも、もしそれがこれまでの行いに対する絶望だったのなら、まだ大丈夫」
「それはどういうことだ?」
彼女が、俺をじっと見つめてくる。澄んだ黒い瞳の中に困惑している自分が見える。
「……だって、あなた、もう死んでいるもの」
――死んでいる?いきなり何を言い出すかと思えば。こればっかりは嘘だとわかる。何故か?俺は幽体離脱などしていないし、実際に俺はここにいるんだからな。
「馬鹿言え。俺はここに今いるんだぞ?何を言っているんだ」
「いいえ、あなたは確かに死に、そして開放された。だからまだあなたの思考を完全に知ることはできない。あなたの心は、もう『あなた』ではないから」
「何を言っている?……俺は俺だ。『氷守陽』という人間は確かにここに存在するじゃないか」
湯のみに微かに残っていたお茶を全部飲み干す。湯のみの底に残っている粉末状の茶葉が苦かった。乱暴に、湯のみをテーブルへと叩きつける。ガン、と音が響いた。
「確かに、あなたは存在する。ただ、それは肉体的な面だけでの存在。あなたの心は、もう以前のあなたのものではない」
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