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「何を言っている?……俺は俺だ。『氷守陽』という人間は確かにここに存在するじゃないか」
湯のみに微かに残っていたお茶を全部飲み干した。
湯のみの底に残っている粉末状の茶葉の苦が広がる。乱暴に湯のみをテーブルへと叩きつけるように置いた。ガン、と音が響く。
「確かに、あなたは存在する。ただ、それは肉体的な面だけでの存在。あなたの心は、もう以前のあなたのものではない」
陽はテーブルを叩いた。湯飲みが振動し音を立てる。しかし、彼女は石の彫刻のようにピクリとも反応を示さない。
「いい加減わけのわからんことを並べるのはやめてくれ。自分で自分だとわからないわけないだろう!」
「それは違う。自分では気付けない。だって、あなたの中に入ったモノは既にあなたの心の一部となってしまっているから。自分で気付けるはずがない。その心に潜り込んだモノが、今ある自分が自分だと『自分自身』に暗示をかけているようなものだから」
――さっぱり分からない。何が言いたいのだ。それに、俺の心の中に潜り込んだって……。
「どういうことだ」
「それを説明するのも少し長くなる。……全てはイレギュラーのせい」
「まず、何なんだそのイレギュラーってやつは」
「彼らについての詳しい情報はない。分かっているのは、彼らは意思を持った精神生命体だということ。イレギュラーというのは私たちが彼らのことをそう呼んでいるだけ」
「精神生命体?」何だそれは。
「実体を持たずに活動している生命体のこと」
ここまでいろいろ聞かされてきたから今更驚くものはないと思っていたが……まだ俺の想像を遥かに超えるモノが出てくるらしい。
「実体がなくてどうやって意志を持つんだよ。さっきまでのお前の説明じゃ、心とかいうものは実体的物質である脳の内部で起こる化学物質と電気の移動に過ぎないはずだろう」
「だから、分からなかった。何でそんな存在がいるのか、どうやって生まれたのか……。それは不確定要素だった。……この宇宙の確定した未来を予想し続ける、コンピュータのようなモノ――私たちはそれを『アルミティ』と呼んでいるが――それでさえ、こんな存在が現れることを知らなかった。とはいえ、実体がないわけだから、この環境に影響を及ぼすわけがないと判断され、ただの例外因子としてしか処理されなかった。その時は……」
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