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何故、嫌な予感は当たるのだろう。
「じゃあさっきお前が言っていた俺が死んだのって……」
「そう。あなたは先ほど公園でイレギュラーと出遭い、最後、爪を振り下ろされた瞬間〈あなたは生きることを心の底から放棄した〉。その隙をあのイレギュラーは見逃さなかった。今、あなたはイレギュラーに侵食され始めている。だから、もうあなたは死んでいる」
彼女は静かに答えた。全く感情の変化が見られなかった。まるで、そうあるのが当たり前であるかのように。
「そんな……。俺は今でも俺、氷守陽だ。この気持ちは変わらないし、意志だってある。どこにも異変はない」
陽は珍しく語調を荒げた。段々と、これまで起こったことが理解できてきた。さっきまでは何事もすんなり受け止められた。どんな非常識な事が起こっても何故か受け止められてしまう夢のように。だが、分かってしまった。これは夢でも何でもない。現実なのだと。夢見心地で聞いていたことは、全て真実なのだ。
彼女はただ黙々と陽をじっと見つめる。
「さっきも言ったはず。あなたの中に侵入したイレギュラーは、あなたに、自分は自分だと暗示をかける。……この段階にある生物を『ウォルド』と呼ぶ。そして、段々とあなたを心から変えていき、最終的にあなたは完全にいなくなる」
「どうにか、ならないのかよ……」
陽は歯を食いしばり、喉の奥から声を出す。
「どうにもならない。一度心に侵入したイレギュラーはウォルドが死ぬか、イレギュラーが自分から出たいと思ったときしか出ないから」
「なら、そのイレギュラーが出たいと思えば出てくるんだな?」
「そう。だが、ウォルドがまだ生きている間に他の生物に『乗り換え』をするときは、イレギュラーが出た瞬間にウォルドは死ぬ」
「……何で、だよ?」上手く言葉が出てこない。
「心の一部として作用してきたものが急になくなるから。侵入したときは、じわじわと心と一体となっていくから問題はない。しかし、もうイレギュラーがいることが当たり前となってしまった心は、それなしではもう生きていけなくなる。そして、心がなくなったウォルドは、意志も、思考も何もできないただの肉体となる」
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