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仮初の心か……。もうこの思考も、イレギュラーに操られているのか?
「といっても、一つだけ解決策がある」
彼女は陽の方から目を離さない。その視線を感じ、陽は無意識に視線を逸らした。
「あなたはまだイレギュラーによる侵食が当たり前だが浅い。この段階では、まだ侵食の進行スピードを著しく遅くすることができる。方法は至極簡単。ただ、心の中に隙を作らない。つまり、絶望してはいけない。簡単でしょう」
かなり無理難題かもしれない。自分で言うのはなんだが、悲観主義者である俺にとって、絶望しない日などないだろう。つまり、俺は着々と侵食が進んでいるというのか。そしていつの日か、俺は自然と消滅するのか。
陽は落ち着いて椅子に座った。ひどく瞼が重く感じられる。だんだんと頭が働かなくなってきたのを感じる。
彼女が席をゆっくりと立った。陽は虚ろな目でその姿を追いかける。
「……これ以上はもう何を言っても無駄かもしれない。今日はもう帰ったら?」
「言いたいことだけ言ったら帰れ、か。……まだ聞き終わっていない。もう少し詳しく聞かせろ」
「今のあなたの様子から判断するに、もう私の言うことを理解することはできない。もし聞いたとしても無駄なこと。だから、もう今日は帰った方がいい」
陽はゆっくりと考える。確かに、今の眠い状態では彼女の言っていることを理解するのは不可能だ。彼女もそれが分かっているのだろう。ならば、もう帰ろう。――だが、その前にすることがあった。
「じゃあ、最後に少し言わせてくれ。……今日はどうもありがとう。お前がいなかったら俺は確実に死んでいた。お前の話によれば俺はもう死んでいると言っていたが、それでも今こうして生きていることが実感できているだけで俺は幸せだと思う。たとえ、これがつい数時間前の俺とは全く違うものだとしても」
「……礼などする必要などない。私はただ自分の使命に従っただけだ」
どこまでも素っ気無い返事だ。しかし、だからこそいい面もあるのだ。もしこの女に感情があったなら、変に同情とかされて、逆説的だが、俺は絶望のどん底に落とされていただろう。
「――ああ、それと聞き忘れていた。お前の名前は?ちなみに俺の名前は氷守陽だ。……ま、もう知っていたかもしれないが」
本当は、これを初めに聞くべきだったのだ。だが、あの時の俺はそこまで頭が回らなかった。
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