Prologue “偶然”

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 そのとき、氷守陽【ひもり よう】は確信した。ああ、俺はここで死ぬんだな、と。      ◇  七月から八月へと変わる瞬間、陽はコンビニでレジを打っていた。もう真夜中だというのに、外気はむせる様に蒸し暑いが、この店の中は明るい昼間でかつ快適な温度の状態で時が止められていた。マニュアル通りの声で客との応対をしている陽も、段々とその瞼が重くなってきていた。  午前1時を過ぎたところで陽はアルバイトを終え、店を出ようとした。一応挨拶はしておこうかと思い、店の奥にいる店長に話しかけた。 「お疲れ様です。では私はもう帰りますから」 「おう、それじゃまた明日もよろしく頼むよ、氷守クン」  今のこのご時世で珍しいくらい明るい店長だ。そんなことを思いながら、陽はすぐにコンビニから出た。  外に出た瞬間、陽は不機嫌そうに顔を歪めた。このまま地球温暖化が進行すれば地上はサウナ化するんじゃないか。じわじわと汗がティーシャツに貼り付くことに不快感を覚えたため、陽は寮へと戻る足を速めた。  歩きながら、陽はぼんやり上を見つめた。――何故だろう。何故、今、こんなにもつまらない。こう言うのも変かもしれないが、生きること自体が退屈だ。別に自殺願望を持っているわけではないが。  これまでの人生と今との違いは、何か目的を持っているか否かという違いだけなのに。  目的を見失うことがこんなにも辛いことだとは。――高校生の頃は、現在通っている京皇大学に入学するために勉強をしてきた。中学生の頃はその高校に入るために頑張ってきた。当時は友達と遊びたかったのを我慢してでもだ。だが、今はどうだ。実際に入りたかった大学に入ったのは良かった。しかし、ここで俺は目的を見失ってしまったのだろうか。一学期のテストも終わり、長い夏休みに入った。これまで待ち望んでいた休みだ。高校生の頃は、この、大学生特有の長い休みを楽しみにしていた気がする。暇を持て余せる、と。だが、現実はこうだ。明確な目的も持てぬまま、ただ漠然と生きている自分がいる。アルバイトをしてみたはいいが、何か自分を満足させてくれるものでもない。これが、俺の望んでいたことなのか。自由な生活がこれほどまでに辛いものだとは。何か、下らないものでもいい、例えばどこかの学校に受かりたいとかいう願いでも。そういう束縛がなくては俺は満足できないのだろうか。
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