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繁華街から道を一本外れると、そこは閑静な夜が待っている。乱立する高層マンションのふもとはさらに闇が深い。闇の谷間に存在する小さな公園の中を陽は歩いていた。別に何か理由があったわけではない。いつもの帰宅ルートであるだけだ。
夜中の公園という場所は、なかなか不気味な所だ。明かりが少ないからというのもあるが、拓けた場所に自分一人しかいないという孤独感があるからだろう。
ふと、陽は足を止めた。生暖かい風が頬を撫でる。陽は、自分が鳥肌を立てているのに気付いた。
何故だかわからないが、本能が逃げろ、と告げている。常人ならばここで走ってでも逃げるだろう。だが、陽は逃げない。好奇心旺盛というものは、時に死に繋がる。
ブランコの後ろ側にある茂みを見た。そこからは葉音しかしないが、陽は確実に『何か』の気配を感じていた。その『何か』がいるであろうところを凝視する。
突如、突風が吹いた。マンションの間を取りぬけることによってスピードを増した風が陽に体当たりを食らわす。体がよろけるのを耐えながら、ゆっくりと『それ』が茂みから姿を現すのを見た。
――つい先ほどまで、俺は常識の中に生きるごく平凡な大学生だと自覚していたのに、俺の平穏たる日々はいつ消え去ってしまったのだろうか。
今、俺の目の前にいるのは間違いなく本物の化け物だ。体長は、3メートルくらいはあるだろう。どういう名前だかは知っているし、見たこともある。しかし、それは本や映画の中だけでなのだが。もし俺の記憶が正しければ、そいつはケルベロスとか、そんな名前だったはずだ。これは幻覚ではない。つい十秒ほど前、ご丁寧にも俺の服と肩とをその鋭い爪で切り裂き、これが現実であることを証明してくれたのだ。幸い、俺の腕は多少掠ったくらいで、血が染みだしているくらいだが、もし頚動脈なんかをやられたときには、何日も消えないほどの鉄の臭いがこの地面に染み付くだろうな。
こういうピンチに陥っているので当然、声を出そうとは思っているのだが、不便なものだ。声が出ない。息が上がりすぎているからかもしれない。
ああ、それにしても、なんで俺はこんなにも平然としていられるのだろう。体の方はこんなにも警鐘を鳴らしているっていうのに。未だにこの事態が信じられないから?――違う。自分の今の退屈な生活に飽きたから?――違う。これが、もう〈避けられない運命〉だから?
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