20人が本棚に入れています
本棚に追加
そんなことを考えている途中でそいつは飛びかかってきた。俺の思考を中断させやがって。まあ、俺の考えがこいつに分かるわけでもないし、分かったとしても、俺が考え終わるまで待つ理由もないわけだが。
何故か勝手に体が動いて、俺は攻撃をかわした。――ふん、まだ俺は心の底では生に執着しているのか。面白い。いつまで生きていられるかは分からない。もしかしたら、一分後にはぼろきれのようになった肉塊と化しているかもしれない。だが、それでもいい。兎にも角にも、今はこの瞬間を生き抜くよう、努力するのみだ。
◇
俺としては、健闘したと思う。あの化け物から三十秒ほども(これは俺の感覚的時間であって、実際は何秒経ったか知らないが)逃げたのだ。今は、この化け物の右前足の下に横たわっていて、今視界に映るのはそいつの3つの頭だけだ。そして、そいつは振り上げた左前足を俺に向かって振り下ろした。
――ああ、俺はここで死ぬんだな……。
生暖かい風が吹いた。ふと前を見ると、そこには首のない〈化け物だったもの〉があった。陽の思考が一瞬止る。そして、陽を殺そうとしていたモノは粉状となって四散した。
陽は状況が掴めずに辺りを見回す。このとき陽はこのケルベロスに遭ったとき以上に驚いていた。そして視界に入ったもの、それは、全身を黒いコートに包んだ一人の女性だった。その手には日本刀らしき物が握られている。陽が何が何だか分からず困惑していると、彼女がこちらを向いた。
陽は思わず息が止まる。綺麗だったのだ。流れるような漆黒の髪、目鼻が整った顔立ち、芸術作品のような美しいボディーライン……。はたと気付き、彼女の顔をみつめる。
彼女が陽を見ながら口を開いた。
「あなたはたった今、死んだ」
陽と彼女は出遭った。――偶然に。
――続く――
最初のコメントを投稿しよう!