Chapter1 “真実”

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 彼女は立ち止まった。陽に背を見せたまま、静かな声で話しかけてきた。 「来ないのなら、今度はその首から血が出ることになる。それでもいいのなら、そこで黙って待っているといい」  抑揚はあるが、感情がこもっていない声。我一切関知せず、といったところか。少なくとも、今俺が動かなければ命はなさそうだ。  仕方ない、ついていってやる。もともと先ほどの化け物に殺されるはずだった命だ。彼女についていってもいいだろう。先ほどの化け物についても何か分かるかもしれない。  早足で歩く彼女の後姿をよく見れば、彼女は肌の見えているところ以外、つまり顔以外は全身が黒かった。流れる漆黒の髪は腰ほどまであり、すらりとした外見はモデルにも全然劣らない。彼女はおそらく、いや、確実にモテているだろう。ただし、さっきのような言動をしなければ、という条件付きだが。俺は一目惚れするような質ではないが、初めて見たとき胸が高鳴るものがあったことを否定することはできない。とはいえ、容赦なく刀を振ってきた女を好きになれと言われて好きになれるほど純情な心を俺が持っているわけではないが。 「おい、さっきの、……ケルベロスは一体何だったんだ?」 「あなたたちの言葉で言えば、イレギュラーと呼ばれる存在。話せば長くなるから後でゆっくりと話す。とにかく、遅れずについてきて」  そう言ったきり、彼女は口を閉ざした。もう少し尋ねたい気持ちもあったが、彼女の凛とした様子は陽に話しかけさせないだけの重みがあり、陽は口を噤んだ。  ようやく彼女が歩みを止めたのは、その公園から一キロほど離れたマンションの玄関だった。二十階建てくらいのもので、ここら辺ではごく普通の高さだ。彼女は黙ってカードキーを入り口に通し、黙々と歩き続ける。エレベーターに乗り、十四階のボタンを押す。ゆっくりとドアが閉じ、その隙間から外を覗くとマンションの外の薄暗い明かりが見えた。何故だか、切れかかっているこの明かりさえ、ひどく名残惜しいものに思えた。      ◇  彼女はドアを開け、中に入った。
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