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あのさ、敦士。あたし、アメリカ、行くことにしたよ。――敦士にそう告げた時、彼は声のトーンを一段下げて、「わかった」とだけ言った。わかってない……ううん、わかりたくないって顔をしていたくせに。敦士は、嘘をつくのが下手だなあ。
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高一の夏、ジャズの生演奏が聴けるしゃれたレストランでバイトをしていた時のこと。実に楽しそうに演奏するピアニストを見て、あたしもジャズをやろうと思った。
それまで、ピアノは堅苦しいものだと信じてクラシックをやっていたあたしには、その姿は実に衝撃的だったのだ。演奏中に、はにかむだなんて。
以来、時間が少しでもあれば、ジャズを弾いて。あれほどなにかにのめりこんだのは、後にも先にもこれだけだろうと思う。
そして三年生になって、進路を、ジャズの本場アメリカで修行することに決めた。いわゆる留学。
それはつまり、もうすぐつき合って二年になる敦士との遠恋を意味していた。
……音楽と恋、どちらかしか選べないとしたら、あたしは、一体。
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