雨の国

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 雨が降っていた。 辺りは昼間とは思えないほど薄暗い。  高い空にどこまでも続く乱層雲は穏やかな雨を大地に打ち付けていた。  一本の道の左右に広がる緑の絨毯には大きな水溜まりがあちこちにできていた。 ただ土が固められただけの道のため度重なる水滴の攻撃で、もはや道としての役割を果たしていない。  一台のモトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけを指す)がその道を走っていた。  モトラドの運転手は、大地と同じ色のコートを着ていた。 余った長い裾を両腿に巻いてとめている。 頭には飛行帽に似た帽子をかぶっていた。 前に小さな鍔と、両脇に耳を覆うたれがついていて、その先を顎で結んでいる。 雨を防ぐため、ところどころ剥げている銀色フレームのゴーグルをしていた。  モトラド後部のキャリアには、旅荷物が満載されていた。 鞄や寝袋などがバンドとネットで固定され、銀色のカップが一つ、ネットにぶら下がって揺れていた。 「止まないねぇ、キノ」 モトラドが言った。 キノと呼ばれた運転手は、ハンドルを小刻みに修正しながら、 「ああ、止まないね、エルメス」 「このままじゃボディが錆びついちゃうよ」 エルメスがすかさず言った。 やがて道が東に折れ始めた。 それに伴いキノもハンドルをゆっくり右へきり始める。 後輪が少しスリップしたが、キノは素早く調整し直すとエンジンをふかしてカーブを曲がりきった。 「おみごと。泥だらけになったことを除けばね」 「悪かったよ、エルメス」  エルメスは小さな声で独り言のように、 「雨が泥を洗い流してくれるけど」 そうつぶやいた。
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