第一話 豹変

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―命懸けの大技、なんてものが世の中にはあるという。 相手と心中出来れば良し、出来なければ無駄死にだと思う。 自分が仕留めなければ、他人に任せなければならないから。 配線の張り巡らされた部屋。 そこに、崇めるべき女神が鎮座している。 『お帰りなさい』 足元の配線を隠すかのように垂らした青い髪を微かに揺らして、女神が顔を上げる。 ガラス越しにしか見えない。 だが、一目で【愛すべきもの】だと認識する。 刷り込まれた知識に間違い無く『組み込まれた感情』。 『そう』だと理解しながらも、世界の仕組みの一つでしかない俺には、【愛すべきもの】としか見えない。 『貴方はいつも、生きて帰ってきてくれる』 だから 『好きよ』 笑顔と一緒に零れる最高の賛美。 上官からの褒美でも、誰からの賛辞よりも、胸を疼かせる甘い声。 ―感情は、統制されている。 「有難う、■■■」 崇拝を強制されながらも、形式を許されない。 全て、彼女の思いのままに出来ている。 『ねぇ、私のために捨ててくれる?』 「何を?」 深い青の瞳が見つめてくる。 息が止まる。 要求されるのは、命よりも大切なものなのだろう、と、覚悟した。 『先に約束して?』 「…分かった」 反対など出来ない。 台本のセリフを口にしているだけだという、自覚。 否、視界で、舞台を見ている錯覚。 女神が笑みを浮かべる瞬間が、ゆっくり映る。 息を吸う、瞬間まで、 ……そして、 『ヒトを捨てて、生きて帰ってきて』 残酷な言葉を吐き捨てるまで。
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