慌てん坊のサンタクロース

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 映画が見れなかったので、私は孝が好きだったケンタッキー屋に向かった。 「俺、好きなんだよね」  まだ付き合っていなかった頃に、孝が言った言葉を思い出す。場所はそう、確かあの席だ。  今その席では、名前も顔も知らないカップルが楽しげに会話している。 「――俺、好きなんだよね」  孝が大声でそんなことを言い出すから、私は困った。告白するにしても、せめて場所くらいはわきまえてほしい。 「……私も」  私は何とかそう返すので精一杯だった。本心から孝のことが好きだったから。 「うん。やっぱ、ケンタッキーだよな」  孝は嬉しそうに、言った。  孝のことは好きだったけど、ケンタッキーはあまり好きではなかった私は、恥ずかしくて本当のことを言えなかった。  私の好物がケンタッキーだと勘違いしたまま、孝は死んだ。孝が好きなのは、ケンタッキー。いつまで経っても子供っぽいままだった、孝。  当然、孝の姿はケンタッキー屋にはなく、それでもケンタッキーを買おうとしたら、店員さんは予約がないと売れないというようなことを言った。  クリスマスはすごい、と思う。孝がいたら、予約は済ませてくれていただろうか。いいや、たぶん、していなかっただろう。彼は慌てん坊だから、きっと、うっかり忘れてしまっていたに違いない。  結局、私はケンタッキーはあまり好きでないから、まあいいかと思い、またぶらぶらと歩き始めた。孝のいない、街を。
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