笑顔でバイバイ

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「…ノックぐらいしろよ」 「何それ今更、めんどくさい」 悪びれた様子もなく、けろりと言い放った彼女――里沙は、部屋の隅に積まれたダンボールを一瞥して、マットレスだけになったベッドへと腰掛けた。 「持っていかないの?コレ」 「どうやって持ってくのさ」 「トラックに積んで?」 「行かねーよ」 里沙は、フフフとそのやり取りに笑みを零し、「このベッド、私好きだったんだ」と言った。残念ながら、ココでナニをしたというわけではなく、ただ里沙とは幼なじみだったから。家が隣同士で、よくお互いの家にベランダ伝いに入り込んでゲームしたりマンガ読んだり語り合ったりしていた。 …そういえば、今日のようにきちんと玄関から部屋に上がってくることは、ほとんどなかったかもしれない。 「ねー」 「んー何」 「引越しいつだっけ?」 ぎし、とベッドが軋む音にゴクリと唾を飲み込むと、里沙は背後のクローゼットに掛かったジャケットを見つめていた。「あー明日」と、若干、ぶっきらぼうに答えてやれば、「えっ」と心底驚いたというような表情で振り向いた彼女と目が合った。 「…言ってなかったっけ?」 「聞いてない聞いてない!」 「あーじゃあ忘れてた」 「うわ、扱いひど」 嘘。忘れてただなんて、大嘘だ。本当は、「さよなら」の瞬間が怖くて、何も言わずに行ってしまおうと思っていた。幸い、里沙も進学先の手続きやなんかで忙しそうだったし、会わない日も続いていたから、ちょうどいい、なんて考えだった。 多分俺は、さよならの瞬間まで、「幼なじみ」で居られる自信が無かったんだと思う。 .
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