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正義には権力が必要だ。
正義には財力が必要だ。
持ち合わせない者に、正義を語る資格はない。
嘲る様に、世の中は俺に言った。
諦めかけていた。
正義を通す事も出来ずに、ただ正義の振りして生きるのなら、いっそ腐敗した方が余程いさぎよい。
ただ、自分はそこまで利口ではないと知っている。
知ったつもりでいる。
勿論、自分がこんな事を言っているのも、卑屈になっているだけなのだろう。
自分が言っているのは妄想だ。
自分が願っているのは理想だ。
本当にすっぱりと白黒つけられれば、どんなに楽だろう。
自分は、ただ夢を見るばかりの勇気のない人間だ。
挑む勇気も、諦める勇気もない。
自らを犠牲にしてまで、自分は目的を果たせるのか?
あいつなら、笑って否定するだろう。
全部笑い飛ばして、最後まであいつらしく生きるだろう。
あの芦鳥楓は、最高に芦鳥楓らしく。
□ □
奈良県。
大和郡山市。
真っ赤に染まった紅葉と黄色を彩る黄葉が鮮やかな公園。
コンクリートで舗装された歩道の上をのんびりと通勤していた俺は、それに視線を奪われた。
否、紅葉ではなく、それを見上げる少年。
頭から落ち葉に埋もれながら、ただ食い入る様に紅葉を見上げていた。
時々、にやにやと口元に笑みを浮かべながら、獲物を捉えた獣の様な、あるいは何かを思い出す様な目付きで、紅葉の下に立ち尽くしていた。
こんな昼間から、何をしているのだろう?
大概の賢明な人間なら、多少興味を持った所で、明らかに不審な少年に関わろうとはしないだろう。
自分も、そんな事はわかっている。
ただ、立ち止まった足は中々動こうとはしなかった。
まるで、少年に引き寄せられる様に、その場を離れる事が出来ない。
いや、そんな筈はない。
原因は自分が歩こうとしないからだ。
自分の顔を平手で叩き、雑念を振り払う。
足を持ち上げ、少年を横切ろうとした。
「あのさ――」
その時、少年が口を開いた。
相変わらず、焦点を紅葉に定めたまま。
「さっきから、ず~っと見てるけど、何か用?」
「い、いや……」
驚いた事に、この少年は俺に気が付いていたらしい。
突然話しかけられたので、思わず口ごもってしまった。
「ん? 何だ。違うのか……」
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