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「それじゃ、順を追って話させて貰うけど――」
こちらが返答をしないので、痺れを切らした様に楓が言った。
相変わらず、獣の様な――目標を見定めた表情で。
「表裏一体って、知ってるよな?」
「え?」
素直に驚いた。
知ってるかと聞かれれば、知っている。
この場合は、知らない方が不自然になるのだが。
だが――その言葉に驚いた。
本来、初対面の人間と、いや、それ以前に何をしているのかを聞いた場面で飛び出すべき言葉ではなかった。
圧倒的に、場違い。
「……知ってる」
表裏一体を知っている。
自分でなくとも、誰でも知っている。
巷を騒がせる、あの怪盗。
理解不能な奇っ怪盗。
しかし、それと楓の用事がどう関係すると言うんだ?
「おいおい泉。黙り込んで何を考えてるんだ? ぼーっとしてると俺の話しを聞き流すぞ。それに、人の話しはちゃんと聞くのが礼儀だ」
「ああ、ごめん。続けてくれ」
「しっかり頼むぞ。まあ、知っているよな。新聞もテレビもまるで見ない、山奥で仙人暮らしでもしてるんなら話しは別だけど」
楓が、にやりと笑った。
これは、獣と言うよりは単にぎこちない笑いだったが、どこか不気味でもある。
いや、不器用なのか。
「あれを知ってりゃあ、話す事なんてたいしてない。すいすいと、あっと言う間だ」
「……いまいち、わからないんだけど」
「奴が最近盗みに入った場所って、知ってる――よな?」
「知ってるけど。それが、どうしたんだ?」
今年の二月だった。
京都にある大美術館から、絵画という絵画が一枚残らず――はたまた、額縁一つ残らず、綺麗さっぱり盗み出されたあの事件。
それだけの数量を、たった一人で盗み出した。
表裏一体が、一番最近メディアを騒がせた事件だろう。
ニュースや新聞の内容が、まだ頭に入っているぐらいの衝撃的事件だった。
あの怪盗が過去に起こして来た事件と並べれば、さほど衝撃的でもないが。
ただ――そう簡単に忘れられる部類の事件ではない。
そこら辺の強盗こそ泥とは違う。
規模が違う。
質が悪いぐらいに、格が違う。
「どうかしたか? どうしたもこうしたもねえって。大事過ぎて重要文化財。国宝級だ」
「大事なのは伝わるけど、まるで話しが見えて来ない」
本当に、訳がわからない。
「あー、もう。わかんねえかな」
苛立つ様に――
「俺は、そいつに用があるんだよ」
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